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Showing posts from March, 2008

長崎市内ポタリング改め観光

この日は長崎市内をポタリングするつもりだったが、雨、本降りだった。急遽ただの市内観光にスウィッチすることにして駐車場を探す。 まずは長崎くんちの龍踊で有名な 諏訪神社 に行く。ぼかぁ神道でも何でもないが、この神社にはちょっと思い入れもあって好きだ。この神社からの眺望も長崎的で良い。 ここで、4人でブラブラ観光観光して、T氏が大の甘味党ということで茶屋に入った。もらったお裾分けはなかなか上品な甘さでおいしかった。 ここから異動して駐車スペースを探し少し漂流したものの、海岸沿いの立派な公園に適当な駐車場を見つけてそこをベースに徒歩移動する。 全くのぼくの個人的趣向で、まずは 孔子廟 へ。これまた、ぼかぁ儒教にもまったく興味ないが、ここもちょっとした思い出もあり、造りが面白いんだな。入った瞬間A嬢から「これだけ?」と聞かれてガクッと肩が落ちたが、孟子とか荀子とか馴染みも居ただろうからまぁ楽しめたんじゃないかな。儒教の館の奥には仏教の宝物が飾ってあったり、古代の天文装置などが展示してあり4千年の歴史をごった煮的に自慢しているところが、なんとも胡散臭い中国らしいといえばらしい。でも昔の支那人は創造性豊かだったんだなぁと感心したりも。(その後文化的自殺をしてしまうが) ここからオランダ坂まで歩き、路面電車で眼鏡橋まで移動。車で走っているとやたらと邪魔でしょうがないが、やはり徒歩だと路面電車は便利だ。そぼ降る雨の中、4人でうろつく。ぼくとOは傘もささずに歩く。 昼食にと、ぼくがめぼしをつけておいた思案橋の 康楽 (かんろ)に行くと生憎の営業時間外。なんだよここ夜しかやってねぇよ。 中華街まで歩き、空腹と疲れ、雨で後ろから来る3人の表情が曇ってきたから、結局てっとりばやい定番江山楼に。 ちゃんぽんでお腹一杯になって、立派な海浜公園を散策して解散した。 もちろん、ぼくとOはまたジムニーに乗ってのんびり高速を走った。 みなさんお疲れ様。

野母崎ステルスキャンプ

駐車場で自転車をばらして、またOがバズルをはめ込むようにキャンプ道具、自転車、ヘヴィ工具と丁寧にジムニー後部に詰め込む。パズルが上手くなってるようだ。最初よりガッチリ入り込んだ。ぼかぁこの先少なくとも2回はこのパズルをやらなきゃなんないと思うと萎えるが、Oは全く気にならないようだ。ま、実際Oが全部やってくれている。おれは隣からモノを渡すだけだ。ワリーネ、ワリーネ。 食材の買出しに樺島方面へ走る。全く記憶してなかったが、さすがOは若いだけあって店舗をはっきり覚えているという。行ってみて俺も思い出したさ。 さて、ここにTが登場。電話では自転車で向っているといっていたが、こりゃヤツ得意の軽口だとわかってたから、このトラックで来ても驚かなかった。隣にはÅさんも見える。自転車はわざわざ馬鹿丁寧に積んであるが、口では明日は雨だから自転車乗れないという。一体どっちだってんだぃ。こういうところがいい(良い)加減で、彼のひととなりをあらわし少し面白い。 さて、Tが来たので例の場所はロケーション的にちょっと厳しいってんで、以前辺りをつけていた樺島灯台までえっちらほっちら細道を登っていく。着いたときは、あたりは真っ暗だし管理人がなどといって、実際は戻って温泉入って戻るのも面倒くせーし、ここは薄気味悪いしで、例の場所でヤルことに決めた。そうとなると話は早い。また戻ってそそくさと温泉へ。まさにひとっぷろ浴びたって感じで早速ステルスサイトへ。ここは大型車、普通車は入れまい。ま深くは書けないがそんなとこだ。Tの大型車はとめおいて、ジムニーでピストンキャンプ道具を輸送した。 テントを張り終えたころにはもちろん真っ暗。けど、仲間といれば時間も忘れ楽しいったらない。あんま、寒くもなかったけど、全員四輪車とあって焚き火台が二台もあるという豪勢さだ。もちろん食事も豪華。いやぁいいねぇ、ここは。森のステルスとはわけが違う、ある意味ほんとうにステルス。どんなに騒いだって迷惑かけることはないだろうし、見えないんじゃないかな。 といっても、みんな年だな、もう0時前にはテントにもぐりこんだ。 翌朝は、朝食を終えるころTの予言どおり雨が落ちだした。長崎市内ポタリング改めウォーキングとなりそうだ。とりあえずタープの下に押し込んでさっさと撤収開始。 (次はラスト予定)

いざ、女神大橋へ

● このツーリングの軌跡 自転車道からR499に出るとやはり国道はまっすぐで路面が良い。けど、この国道は自転車なんぞ走ることを全く想定しておらず、そのうえ車も多く閉口することしきり。ただ幸い2車線で車道の幅員も十分、こんなときは跳ね飛ばされるの覚悟で悠々走るに限る。二台、なかなかなハイペースで走りぬくと、いよいよ女神大橋が見えてきた。 左手に忽如海。前方には造営中の巨大な船、いよいよ長崎だ。女神大橋入口の信号で右折し、立派な歩道上をゆるゆる登ると、ようやく女神大橋に到着。大きいとはいえ、しまなみ海道の橋々を観て来た我等にとってはその登坂は意外に楽に思えた。 見れば歩行は意外に多い。この橋梁は、片側2車線の有料道路となっていて、歩行者は無料。自転車は10円を徴収されるようだ。まぁ後者の10円は、受益者負担という考えの下木っ端役人が取ってつけたように考えたもんで、実際はこれを回収する人件費の方がかさむってもんじゃないかい。  橋の歩道上にも下を覗ける小窓があった。ぼくなんざ、小窓があるね、見えるかね?ぐらいしか考えないが、同行のOはエンジニア特有のラショナリズムといおうか、その小窓が何のためにすえつけられているかと一々推測、説明してくれて、それが誠に堂に入っている。写真の通り一生懸命説明してくれているが、こちとらコテコテの文系人で右から左で今となっちゃ全く記憶にございません、すまんO。 でも聞いているだけで楽しいんだよね。 考えると、昔っから友人には文系人より理系人つまりエンジニアが多い。理系人ってのは見た目に理系人然としていて、ぼかぁそれを見分けるのがとても得意だった。ぼくらは屁理屈をコクけど、彼らは屁理論を説く。ぼかぁ昔から、エンジニアがその全く理解しがたい理論をぶつ姿を見るのが好きでねぇ。でも今職場の周りは、中途半場に技術屋ぶった得たいの知れない理系人ばっかりにどうも居心地がわるいなあ。 橋を渡りきった。はじめは、このまま長崎市内に向う予定だったけど、ちょっと時間的に余裕がなさそうだし疲れたしで、Uターンをかますことにした。 自転車のUターンは想定していなかったようで、人道ようの階段を自転車抱えて登り降りする。次に橋から見えるのは長崎市内で、ここからの夜景もいいかもしれない。右に鍋冠山、左に稲佐山を見れるし、亀山社中の亀山なんかも指...

女神大橋を目指し野母崎自転車道を走る。

野母崎町民センター駐車場で荷物を降ろし自転車を組み立て。ところがパズルのように詰め込んでるもんだから、殆どの荷物を洗いざらい降ろさないといけない。が、Oのような陽気な人間にはこんな手間は屁でもないらしくヤな顔ひとつ見せない。しかもひとつひとつ仕事がバカに丁寧だ。 自転車を組み立て試走したあと愈々出発だ。R499を東に走って途中から自転車道に入るつもりではいたがどうも分りにくい。車で道すがら確認できたのは随分手前だったように思う。やっぱり自転車道路ってやつは、国土交通省の木っ端役人の奴らの手前勝手な算段で造りっ放しのヤツで案内標識なんかってものはぁてんで考えてやがらない。 なんてことを考えていると、来る最中、Oと「こんな坂よもや上ることにゃあならないよねぇ」と心配していたその坂の手前まで来てしまった。ここで軍艦を見ながら一旦休憩する。運動開始まもないので心臓もまだおっついてきていない。ここから斜度5%の坂道をえっちらほっちら登る、其の地名も『 岳路 』冗談にもならない。Oと二人、キツィ!と叫びながらのぼりきる。でも、春の陽気、左手には美しい海、キツさがなんとも体に心地よい。オートバイツーリングとはここんところがちょっと違う。道路のちょっとした起伏、傾斜、におい、風、日差し全てが肌身、五感に染み入ってくる。 12キロほど走ったところで漸く自転車道の標識がでてきた。どうやら乗り過ごしちまったようだ。ここから自転車道にはいる。序盤はどこにでもあるソレと同じ様子だが、しばらく走ると俄然辺りが暗くなり、路面もジョワジョワガタガタでアルファルトがやや薄いようでモールトンのサスが利いているのがよくわかる。 この道ャまるで杣道だ、路面状況に気をつけながらクリクリと向きを変えて走る。なんだかオートバイで隘路を攻め込んでいるような、シバキ倒しているような気分になる。しかもこれに小気味良くアップダウンが加わりギアもクリクリ替えなきゃいけねってんで、さらにオートバイのソレだ。そしてヘアピン。 この道を6キロほど走るとまたR499に出る。ここからしばらく国道を走り女神大橋を目指す。 (つづく予定)

野母崎自転車道路

ところで、今回行った野母崎ツーリングのログ(以下この ルートログ を参照のこと)。 全行程は58キロではあったものの、 野母崎自転車道 は非常に手ごわかった。 東西2つの区間に区分けできるこの自転車道、R265やR445、R439を思わせる狭隘路で小幅なアップダウンが連続するのが東側の区間およそ6キロ(ログ上33.7キロ地点~40キロ地点)。この区間は小径車お得意のコースであり、また路面が荒れているためモールトン優位のコースとも言える。ブラインドコーナーと速度キラーのヘアピンも随所にある。 そして西側のおよそ11キロ(ログ上40キロ地点~51キロ地点)は、東から入ると全線平均斜度2%の高低差240メートルの登りであった。ファミリーライダーあるいは軽快車(いわゆるママチャリ)ではちょっとキツイだろう。正直言ってこの区間は海沿いの国道を走る方が早かろう。ただ路面はこちら西側区間の方がよいし、新しい感じ。眺めもこの辺りを俯瞰する山に登るわけだたら軍艦島も遠く洋上に見え隠れし夕日に映え美しい。が、登っていると徐々にあきてくる。 さらに追い討ちを掛けてくるのは、その九十九折に造られた道。不用意に右を見上げると、延々とつづく九十九折の自転車道が気持ちをめげさせてくれる。今回、野母崎の温泉付近にパークして出発したが、女神大橋への往路では西側自転車道の入口(ログ上53キロ地点)を発見できなかった。 それもそのはず、この自転車道の西側の入口は山の中腹にありR499には面してなくて、南を走る県道34号線にある。 ちなみにR499からの入口はちょっとわかりずらいだろう(ちなみに町民会館からおよそ2.8キロ地点で右折すること)。 (東側区間のヘアピン)

春日市から野母崎へ

春日市のいつもの長崎チャンポン屋で待ち合わせした。今回はO氏(以下O)所有の25年物、いわば骨董品とも言うべき軽自動車 ジムニー (多分SJ30)で長崎まで参る。しかも自転車二台とキャンプ道具、やや太り目の大人漢を載せて。普段ならそんなオンボロで高速道路を走るなんざぁちょいと尻込みするところだけど、ぼかぁ非常に大船に乗った気分だった。なぜならTは その筋の専門家 だ。しかも人間性稀に見る至誠の人で、その磐石の如き信頼の上でそのオンボロの動員を自ら望んだのだから。  さてそのジムニー、到着時はどこぞの2ストバイクのご到着かと思った、がはたして、ボンネットに錆びの浮くジムニーだった。でも、想像よりウンと上等で、その排煙から漏れる懐かしい臭いを嗅がなければとても25年モノとは思えない。ためしにアクセルをあおってみれば、なるほどバイクだ。25年前にぼくが乗り回していたバイクそのものの応答をよこしやがる。こりゃあカワイイだろうなぁ。ただ、やはりこの手のものを所有するには、Oのようなその筋の達人でないと厄介なことに巻き込まれるだけだろう。 このSJ30に、分割したモールトンと畳まれたMR4R、並びに2名分のキャンプ道具一式を詰め込むのだから知恵を絞らないといけない。 そして、このO至誠この上ない好人物ではあるが、その道具は時流の軽量・コンパクトとは真逆をいくもので全て大柄なのだ。しかも、この老体に万が一の事あった場合の工具が、ぼくのキャンプ道具一式と同じ目方はあろうかという物々しさ。ここをああはめて、これをこの向きに、と詰め込み詰め込みしてようやく左右上下みっちり詰め込み積載が完了した。そして出発。 このジムニーの助手席、あながち乗り心地が悪いわけでもない。昔ながらの平べったいフロントウィンドウや、無骨な計器類がこれもなんともオートバイ然としていて、質実剛健の体。さすがに低速トルク等不足するのだろう、頻繁にギアチェンジをやっている。と、其の手を見ていると、あらぬ方向までギアが入っていっている。この型のジムニーは4速ギアのはずでシフトノブにもはっきりと4速の文字が刻まれているが、もう一速上がっている感じがする。聞けば、前夜、今日高速道路に乗るということで、 5速ギアをつんできた と、いけしゃあしゃあとOが宣ったのだから驚きを禁じえない。というわけで、やはりその道の達人が...

MORITAのヤカン

ぼくが使っているのは モリタ のヤカン。 発色合金製 で新品当時は艶かしく乳白色をしていて、アルミとはちょっと違いますぜいと主張していたように思う。けど今は廃盤となって販売されていない。  ぼかぁモノの扱いが非常に荒っぽい男だから、今となっては、国鉄時代の古びた駅舎にあるストーブの上に乗っかった20年もののヤカン並みの汚さだ。 ただ、このベコベコ加減、すすけ具合がいい味を出しているのだなぁ。 今は廃盤だけど、昔の山屋ではこれが定番だった。いまでこそアルミ製の安価な トランギア ヤカンが主流となっていて、とても使いやすいのだけど、昔は"とらんぎあ"なる夷狄の道具は全く置いていなかったように思う。  このモリタヤカン、特徴としてはそのおちょぼ口と、ちょっと緩めの蓋、茶漉が付いていることだろう。トランギアの蓋はきっちりとしまって持ち運びには便利だと思う。モリタのはゆるゆる、精度が自慢の日本製にしてはダメじゃんと思うけど、実はこれ茶漉に合わせて造られているんだなぁ。ぼくは茶漉は使わないので外してしまっているから余計にユルユルなんだ。でも全然OK。トランギアのアルミに買い換える気がしないな。裏面なんてもう焦げ焦げなんだけど、これぐらい年季が入っているほうが、炭の中だろうが焚き火の中だろうがお構いなしに放り込める。 ただ、ヤカンを扱う上で大事なこと、守らなければならないことがある。それは水、お茶一切いれない、調理しないことだ。